蚊のように

マンション敷地内のベンチに座り、煙草を吹かしながら本を読む。

ついに自分を節することも出来ず煙草を吸う。貴女と過ごした家では吸わない、貴女にプレゼントされた鞄には煙草は入れない、そんなどうしようもない決まりだけ作ってしまって煙草を吸う。


今日は久しぶりにカンカンと陽が照る。少しだけ気分が良い。自暴自棄になっている割に、化粧水、乳液、クリーム、さらにその上に日焼け止めを塗り込み、外へ出る。

貴女が居た時は化粧水と、夏場の日焼け止めぐらいだった。けど貴女が居なくなって、貴女と少しでも重なりたくて、貴女が使っていたそれらを塗り、なくなれば新しく買いまた塗る。朝晩と貴女がやっていたように、化粧水らを目の前に並べて顔に染み込ませる。貴女に教えてもらった通り、ゴシゴシこすらず、外へ向かって優しく、掌で包み込んで染み渡らせる。

貴女の真似をすることで、少しだけ貴女を感じる。



日照りの中、ベンチで本を読む。

くるぶし辺りにチクリと痛みを感じる。見てみると蚊だ。一匹でなく、数匹。あまり人の居ない場所だから、ここぞとばかり。近くの皮膚をパンと叩いて振動で脅かせる。するとぷーん飛んで行くものの、しばらくするとまたチクリと刺す。私は煙草を吸い、蚊は血を吸う。ただ私の煙草は意思の敗北によるものだけれど、蚊は生命の讃歌だ。

吸え、吸え、いくらでも。私の血で栄養を蓄えて、連綿と子らへと続いていけばいい。貴女を生かせられなかった私なんかの血で、一族を生きながらえさせられるのなら、遠慮せず吸っていけばいい。

しばらく気にせず本を読み、煙草を吸う。時間が経つと、刺された足はじーんと刺すように痛み、痒みを伴うが、命を引き換えにしてまで拒む必要はない。辺りも蚊も腹を満たしたのかもうやっては来ない。


死なないのなら、生きねばならない。

けど、私はこの蚊らのようにがむしゃらに生きていけるのだろうか。私は誰の血を吸って生けば良いのだろう。世間一般のやうに、きっと私は吸った途端にバシンと叩き、殺されてしまうだろう。