実現しない錯覚

マンションの敷地内のベンチに座っていると、マンションの入り口から貴女がやってくるような気になる。

何度か、ケンカした後に私が家を飛び出して座っていた場所だから。電話がかかってきて、ゴミ置き場の裏のベンチに座ってると言うと、部屋着姿で貴女が来てくれた。


ベンチに座っていると、貴女がやってくるかのような錯覚に陥る。




夜遅く、路地に人通りも絶えた頃に、路地でタバコを吸っていると、大通りの方から貴女が自転車で帰ってくるような気がする。

行きつけの六本木のバーに1人で飲みに行って、終電ギリギリか終電で帰ってくることが時々あった。夜風で冷たくなった身体で帰宅する貴女をギュッと抱きしめると、身体からほのかにたちのぼるお酒の匂いが私の鼻を刺激する。とろけたような笑顔の貴女は、楽しそうにバーでの出来事を教えてくれる。

寝巻に着替えるのを手伝う。しっとり汗ばんだ皮膚がとても愛おしく思えて抱きしめると、火照った身体だからくっつかれると暑いのか、少し物憂そうに押しのけてくる。


夜遅くに、貴女がそばに居ないとそのうち帰ってくるんじゃないと思ってしまう。

寝る前に廊下の電気を消す時に玄関の扉を見つめていると、貴女が入ってくるように思いたくなる。

夜中コンビニなどへ行く時に路地を大通りに歩いていると、貴女を迎えに行っているんじゃないかと思いたくなる。



全ての景色に、貴女が居ないことを不思議に思う。