鴨居の上着

暑いくらいに晴れた。夏の空。外のベンチに腰掛けて本を読んでいるだけで、ひと粒、ふた粒と汗が垂れ落ちてくる。


早々に家の中に入り、雑誌「心」の終刊号の総目次から好きの作家の掲載号を拾う。それを携帯のメモ帳に書き写し、探書リストを作成。

何気なく、静かに時間は過ぎていく。気付けば外は少しずつ暗くなっていく。洗濯物を取り込み、畳んで仕舞う。



どれだけ平穏な1日を過ごしても、貴女の居ない虚無感を覚えないことはない。日常のどんな場面にも、貴女は確かにそこに居た。

洗濯を干す時、取り込む時、リビングからは貴女の笑い声が聞こえた。手伝ってくれる時もある。ただ、私の干すのを布団に寝転んで見ていたこともある。

雑誌や本を読んでいても、テーブルの向こう側に座り、ゲームを一生懸命やっていた貴女が居た。

同じものを見て笑い、同じものを見てこころを動かした。時間と空間を共有し、互いの存在を時に疎ましく、時に愛おしく感じていた。


だけど今は、何をするにもただ一人。時間も空間も、私一人には大きすぎて途方にくれるばかり。

未だ身の置き所に困ることもある。

肩から下ろされた責任の重さを懐かしみ、心の軽さに悲しみを覚える。


薄れゆく記憶を、ひっしに留めようと踏ん張るけれど、思い出すのは最期の貴女。二人の家で過ごした、最後の瞬間。あの時、貴女が救急隊員に連れられて家を出掛けてから、貴女は帰ってこなかった。

帰りに寒いだろうと持って行った上着は着られるべき主人を失い、部屋の鴨居にハンガーでぶら下がったまま。二度と着られることない上着は、静かに冬の来るのを待っている。どれだけ寒い季節になっても、もう出番がないことを知っているのだろうか。


誰も居ない、誰も待っては居ない家へ、私は何故毎日帰り着くのだろう。

貴女が居ない、ただ一つ、そのことだけが私を絶望の谷底に居座らせてしまう。



嗚呼、◯◯ちゃん、なんで逝ってしもうたん。