老夫婦

帰り道、家の近くで老夫婦が前を歩いていた。老夫の方が自転車を押して、自転車を間に挟んでその横を老妻が歩いて居た。

私のマンションは少し路地に入ったところにあり、前の道は丁字路になっている。一方が急な坂で、マンションからまっすぐ前に上り坂が続く。

その丁字路に差し掛かった途端、老夫が自転車にまたがり、急に漕ぎはじめた。老妻は あなたそんな坂道で乗んないでも と声を掛ける。ほらほら危ない と老妻の声は続く。

足早に夫婦に追いつき坂道を見上げると、老夫がくねくねと一生懸命自転車を漕いで登っている。坂の勾配を、できるだけ緩やかにするため、道の端からもう一方の端へ少しずつ、最大限の行路で登っていく。その後ろを老妻は少し早足で、心配そうに声を掛けながら追いかける。


そな老夫の茶目に、私は微笑みを向け、同時に寂しさを覚える。

私も、貴女に対してそうした茶目をよく見せた。急に、腰から上を動かさずに早歩きをしたりして「気持ち悪い(笑)」と貴女笑いを引き出したりした。また押していた自転車に急に乗って漕いで、先を行くかと思わして、ペダルを逆回転させてその場に留まったりもした。

その都度笑いながら「恥ずかしいからやめて」と言う貴女と笑い合ったりした。


この老夫婦のように、仲睦まじく年を取りたかった。

貴女の友達は、私に お互いに仲の良いお婆ちゃんになろうねって言ってたのに と涙を零した。貴女は顔に皺が刻まれるより前に、時を止めてしまった。


その坂は、私たちのマンションからスーパーへ向かう道。貴女が自転車を漕ぎながら、私に「押して」と言ってよたよたと登った坂道。力強く押すと、貴女は喜んだ。平地でも後ろから押して、颯爽と風になる貴女を追いかけて、息も絶え絶え追いかけると、貴女は振り返り、わたしに笑いかけた。


老夫婦よ、どうか永い幸せを。私の得ることのできなかった幸せを。私たちの、あり得たかもしれない未来。もうあり得ない未来。


私の明日は、あり得たかもしれない明日を想いながら過ごす、一人きりの明日。貴女には二度とやってこない明日、そして今日。私は貴女の面影だけでも隣に居てもらうよう心掛ける。

だけど、煙草を吸う私の隣には、嫌な顔して近づいてはくれないだろう。悲しいけれど、結局は一人きり。貴女は居ないんだもの と、自身を寂しく納得させる。