釈然とせぬまま。

今日の夜、理事長と話した。

外回りで現場に出てるスタッフとコミュニケーションをもっと取るために、朝早く出勤するか、夜に残るかしてくれないか、と。

貴女が居なくなってから、ほぼ定時出勤、定時帰り。外回りの人たちとは会う時間が確かに少ない。定時を変更してもいいから、とまで言ってくれる。いま夜は暇でしょ とも。そうでもないと返すと


いまは楽しいんじゃないの?


と無邪気に言ってきた。少し衝撃だったので、正確にどう言ったのかは朧げだが、そんなことを言っていた。


そう見えてたのかな、と思うと悲しみを、不幸を職場で出さずにいれてるという成功を思うとともに、平気な顔してるんやなと後ろめたさも同時に感じる。

この理事長は、邪気が全くなく、また人の悲しみや辛さを分からぬ人ではない。とてもいい人だ。当時に、労りの声をかけてくれ、また働き方にも便宜を計ってくれた。

多分理事長はこの種の悲しみを知らない、ただそれだけなのだと思う。単純に経験したことのないことを慮る想像力が欠けているだけ。こう書くと、非難しているようにも見えるが決してそうではない。私を含め、ほとんどの人がそうなんだろうかと思う。

独り者の気楽さ、ぐらいに思っているのだろう。恐らく私の状態を、彼が経験したことのある 妻と子どもが出掛けて久しぶりに家に一人でいる気楽さ と重ねているのだろう。家族の不在と一人ということを、彼の中に入力したところ出力されたのがそれなんだろう。


職場の人らは、皆それぐらいの気持ちで私を見ているのかもしれない。馬鹿なこと言ってふざけたり、笑ったり、気楽に仕事をこなしている、それを見せているから仕様がないことだと思うけれど。同情をし続けて欲しいというわけではないけれど。


次第に周りの評価に合わせ、私の心もそのように思うんだろうか。

貴女に語りかけぬ日はない。おはよう、行ってきます、ただいま、おやすみ。それ以外にも事あるごとに写真に向かって一人呟く。泣く頻度が減ったように、その呟きも減るのだろうか。

昔付き合った子のことを全く考えないように、貴女のことを考えなくなるのだろうか。

そんな日が来てしまうのだろうか。


釈然とせぬまま、夜を過ごす。