メモ書き

休日。今日は出掛けようか、どうしようかと昨日一日悩んでいたけれど、結局は家で過ごす。午前中に起きれたら出掛けて、午後に起きたなら家で過ごそうと決めていたから。
こんな決め方は、貴女を悲しめたな。睡眠障害で、どうしても朝方にならないと眠りに就けなかった貴女だから、起きるのはいつも夕方近く。出会った当初に私が 夕方から外出するのとかあまり好きじゃない って言ったのがずっと後をひいてしまって、貴女は
「夕方から出るの好きじゃないとか言われたからそれが呪縛になって、夕方から 出掛けよう って言われへん」といつか泣いたことがあった。


不用意なことは、それが否定的な文言であれば特に、言ってはいけないと気付かされた。自分に取っては雑談、何気ない一言でも、相手の心に深く残ってしまうことがある。そう理解はしたものの、それ以降に不用意なことを口にしなかったかと言えばそうではない。結局、人間なんて、といって悪ければ私なんて、頭でわかったところで、完全に行動に反映させるのは無理な話。気をつけなければ、なんて悪いことしたんだ、もうしないようにしよう…なんと反省を5年ほど繰り返して、ようやくその効がほんの少し見えてくる、といった遅々たる成長。
だもんだから、貴女のそばに居て、ようやくこんな人間らしいスタート地点に今立ててるんだと思ったことも再三。それを貴女に心からの感謝として言葉にできなかったような気がする。伝えたい。



午後、本の整理をした。買ったけれど埋もれてしまっている本の探索。その中で、本と本に挟まれて、貴女のメモ書きが出てきた。
日常の、ほんのささいな、私に宛てたメモ書き。テレビ番組を録画しているから消さないで欲しい というものと 私が整体に行っている間に掃除をしといて欲しい というメモ。どちらもメモの文字からも、文面からも、貴女が生き生きと感じられる。今日渡されたメモだと言われても、信じてしまうほどの生々しさ!
けれど、このメモは数年前に書かれたもの。もう、ここには居ない貴女によって書かれたメモ。貴女によって新たな文字が紙に落とされることはない。


朝起きられない貴女のため、出勤前にメッセージを残すために作った交換ノート。ほとんんど私による毎朝のおはようメッセージ。最初は一日一ページに大きな文字で書いていたけれど、毎日のことなのでノートがすぐ終わるので、やがて縦に半ページ分を使って一回分とした。たわいのないメッセージとイラスト。毎朝、欠かさず半ページを埋める。二十何冊めかまでいった。時々貴女からもメッセージやイラストを書いてくれる。いつか寝坊して書く時間がなくて出勤したときは「なんでノート買いないの!」と怒られ、時間がなくてと謝ると「書いて!」と帰宅後に貴女宛のメッセージをノートに書いた。
たわいのないことしか書いてなかったけれど、貴女は毎朝それを楽しみにしてくれた。夕方近く、一人部屋で起きた時に、何もないと淋しいもんね。寝る前になかったものが、それが物であれ、メッセージであれあると、心が温かくなるもんね。
その交換ノートも、2月15日の朝、私が書いたものが最後で止まってるよ。まだノートは半分も行ってないのに。14日に行ったディズニーシーの想い出を、楽しかったねと書いてある。それが最後、私から貴女への交換ノートの。



見付かった貴女のメモの新鮮さに、私の心は、貴女の不在を新たに感じてしまう。