ふりだしに戻る

今日は外回り。前に同じ場所を営業で回った時には貴女が居た。家に居た。移動距離が長くなる時には電話をしたり、メールをしたりして会話した。寝ている時はもちろん無理だけど、起きている時は、仕事中に電話したらもの凄く喜んでくれた。本当に、息を弾ませ、子どもみたいに無邪気に嬉しがった。そのことが、私も心からの喜びになる。


雨の中、傘の中に閉じ込められて歩いている。何故、貴女に電話できないんだろう。悪い夢みたいだ。


貴女がもう居ないことは理解している。貴女が居なくなってしまったその原因、生を断ったその物理的な原因も、理解している。

だけど、貴女 と 死 を結びつけて考えることができない。まるで矛盾する事柄のように頭が混乱する。頭の中でその2つを並べて考えることができない。居ないということは、何となくどうしようもないことなんだと分かってきたが、それが 死 には結びつかない。


太陽のように、生命力を内に秘めていた貴女だったから。それがそもそもの、私の勘違いなのだろうか。落ち込むことはあっても、沈み込むことはあっても、生命力を身体の中に持っていた。そう思っていた私の勘違いが、そもそもの原因なのか。

でも、私はそう思った。そしてそう思っている。だから、その太陽のような貴女と 死 が結びつかない。頭で理解して、心で納得できないとかそんなことではなく、理解からしてできない。変な話だけれど、この世界に居ないということは理解できても、その 死 が理解できないのだ。


だから、電話をかけられないことが理解できない。以前はここに居なくても電話で話すことができたから。目の前にいない貴女と、好きなだけ会話ができて、貴女の喜びを感じられたから。


よくわからなくなってきた。

自分が何を理解して、何をどう理解できていないのか。何を理解すれば良いのか。どうすればいいのか。わからなくなってきた。


結局いつもの、堂々巡り。考えても、考えても、考えなかった時点と何1つ状況は変わらない。