日常の記憶

ふと、部屋の隅に置いてあるTシャツが目に入る。

着たこともない、袋に入ったままの、円谷英二生誕100年記念のTシャツ。昔、福島県須賀川市で開かれていたイベントに、小学生ぐらいの時に親と行って買ったもの。長らく実家にあったものだか、数年前に貴女と私の実家に行った時に、貴女が読みたいといった 火の鳥 や ブッダ を箱に詰めた時に緩衝材の代わりに入れたもの。


何気ない、本当に喜びも悲しみもなく行われた何気ない想い出。しかし、今になって思い起こすと、貴女が隣に居たというその事実だけで、貴女との記憶であるというそのことだけで、その想い出は幸せの記憶として私の胸に浮かび上がる。

そしてそれは、私の心を引き裂かんばかりに悩ませる。正気が保てないほどに、気持ちが乱される。


辛い思い出や悲しい記憶よりも、幸せだった想い出の、心を砕く力の強さに驚く。

まだまだ、貴女とのことを気軽に想い起こせるようになる日はこない。


貴女との7年間、まだ当分は、私の人生の中で空白のまま置いておかなくてはいけないようだ。


幸せな記憶が私を壊す。そんなのことになるなんて、貴女が居なくなるで思いもしなかった。