やはり無理で

毎日が特別な日だった、今日だけが特別な日じゃない。そう思ったのも束の間、最寄駅に降り立ち、帰路に就いていると、9ヶ月前の今日には貴女が居たのだと、その想いが込み上げてくる。


最近の中では、少し遅い帰宅だが、あの頃に比べれば早い帰宅。あの日、これくらいの時間に大して疲れも覚えず帰っていたら。家に帰り着き、貴女と笑いあえる時間を過ごしていたら。貴女の話を親身になって聞けていたら。

私にとって15日は、貴女が居なくなるその前日は、何にも変えがたい忘れるべかざる記念の日となってしまった。貴女の運命を変えた1日。私の人生を変えてしまった1日。

家までの道のり、涙が込み上げてくる。

あの日、家に帰れば貴女が居た。それがずっと続くと、そんな意識すらしなかった日。今では、貴女が待っていない、貴女が居ない日。


何故、毎月決まったように15日はやってくるのだろう。簡単な話。私がのうのうと、15日を明日として迎えているから。貴女の居ない15日を、明日として迎え入れてるから。

あの日、私は貴女を大事にできたろうか。

あの日、私は貴女を儚いものとして認識できたろうか。

あの日、私は貴女に愛を伝えただろうか。

あの日、貴女は私の愛を感じられたろうか。


ごめんなさい。

ごめんなさい、◯◯ちゃん。ごめんなさい。


もう遅い。遅いけれども。愛しています。

私は貴女を、愛しています。


あの日、この気持ちの一端でも、貴女に伝えられていたら。貴女は愛されているんだと、教えていられたら。

取り返しのつかない もしも を今日も私は後悔し続ける。