私の行きつけのお店

昨夜はまた飲みに出た。職場から50分、自宅とは逆方向へ。
店に着くと、他にまだ客は居なかった。
一杯目を注文すると店長さんが ちょっと待って。時間ある? 一緒に外に出よう と。iPhoneXを購入したのでケースが欲しいから、と家電量販店にお伴。こんな風に気軽に誘ってくれることがとても心地良い。貴女が聞いたら羨ましがるだろうな。


貴女はこの店に通っていて、他の客が誰もいない時、店長さん達がスマホを弄ったり、店員同士で話をしたり、放っておかれることがあったりして「嫌われてるんかなぁ」と笑いながら、それでも心では もしかしたら と心配しながらよく話していた。他のお客さんがいる時は、きちんと気を遣い、スマホを弄るとしてもその前を通り過ぎた合間合間に一瞬確認するぐらいで、店員同士でふざけ合うこともないから。
だけどそれは、貴女を客でなく友人として迎えている、心の置けない関係に想ってくれている証拠だと言って貴女を安心させたものだった。貴女が居なくなったあと、家の整理に店長さんが来てくれた時にその話をしてみた。すると、その通りだと、気を遣わないでいい関係だったから、と笑って話してくれた。それを聞いた時、私が貴女を安心させようと説明した時に「そうなんだったら嬉しいな!」と言った時の笑顔が頭に浮かんだ。


ほらね、貴女を嫌う人なんて居ないんよ。良かったね


私はそう思って、歓び、そして安心した。
心の綺麗だった貴女。自分よりも人に優しく接した貴女。愛を与えられなかった代わりに、人に愛を与えようと努めた貴女。
そんな貴女と会って、貴女に嫌悪を抱く人なんていない。
もし居たら、それは貴女の眩しさに嫉妬する、貴女の愛が綺麗すぎて持つことができない穢れた人々なのだろう。悪魔が聖書の言葉に痛みを感じるように。別に私も貴女もクリスチャンではないけれど、そんなイメージが湧いてしまう。



貴女の行きつけのバー。貴女と一回だけ一緒に行ったお店。
貴女との繋がりの中、通うようになったけれど、今は私の行きつけのバーにもなったよ。
貴女が通ったお店だから通うんじゃない。そのお店だから通っている。貴女が好きになったように、私もそのお店を好きになる。
貴女の行きつけのお店が、私の行きつけのお店にもなった。


貴女と私が重なる。ほんの一瞬でも、ほんの小さな空間でも。
これは、とても嬉しいこと。ちいさな、けれど私にとっては大きい、とても幸せなこと。
もう貴女とは会えないのだから。貴女には会いに行けないのだから。貴女と時間を超えて重なれるのは、私にとって今、最大限の幸せなのだから。