1人

今日は朝方に帰り、洗濯、入浴を済ませ、昼寝ときめこんだ。夕方の5時に起床。


洗濯物を取り込み、夕食。読書しながら、飲酒。音楽を流し、酒に顔をかっかと熱くする。


一枚、家にあるハガキに、友人への年賀欠礼を認める。人と話したい、そんな気持ちが心を襲うも、なんの気兼ねなく連絡できる人が自分には居るのかと問いただす。そんな人は、貴女しか居ない。心の内を、心の乱れを、この瞬間に発した気持ちを、なんの気兼ねなく、素直に示せるのは貴女しか居なかった。

大学の頃なら違ったかもしれない。しかしいまや、彼らは、友人らは伴侶を得て、子どもにも恵まれ、一つ閉じられた家庭を築いている。そこに私が邪魔をしていいはずもなく。私の家に、貴女が居ないことを、私は改めて感じるしかない。貴女が居れば、この人にわかってほしい虚無感を感じることも無いのだけれど。


何故私は、彼らと同じようには生きてこられなかったのか。35歳。大学時代の友人はみな結婚し、子どもを授かり。私と彼らの違いはなんなのだろう。貴女を否定したいわけでは勿論ない。ただ、この私の、今の状態と彼らの状況、隔てるものはなんなのだろう。

やはり私の不実、不成の結果なのだろうか。それに貴女を巻き込んでしまったのか。


誰にも連絡を取ることができない。

知ってもらうことすら、躊躇する。

この現状が、私の現状を象徴しているのだろう。私は誰とも交わらず、交わることもできず、交われることもなく。貴女は、私の生命線だった。貴女が居れば、こんな私にも、もっと先まで成長させてくれたのかもしれない。けれど貴女は居ない。私の成長は止まったまんま。


1人酒を飲み、思考を遮断させ、これでいいんだと言い聞かせる。こんな浮ついた気持ちで、終わらせてしまえれば。そう考え、想像し、成し遂げられないまま。

大切な人を作ってしまう前に、けりをつけてしまえ。そう思えど、二の足を踏む自分に嫌悪感と安堵感を同時に抱く。


どうにかなってしまえ。