比べる

最近、認知症の妻の小説を読んでいる。

仕事柄、認知の高齢者にはよく出会う。その家族、夫や妻の大変さはよくわかる。大切な人がその記憶を失い、性格までが変貌してしまうその悲しみはわかる。

それでも、例えどのような形であれ、その人が居て、その人に会えるということは喜びだと思ってしまう。その上京に置かれた人にとっては、この言葉が 何もわかっていない人間の台詞 だと思われることは百も承知で。

突然もう会えなくなるのと、以前のその人と会えなくなるのと、どちらが辛いのか。


…比べることもない話。どちらも辛いのだ。ただ、隣の芝生が青く感じられているだけで。


あれがこれより幸せだ とか、こっちの方がマシだ とか。考え出したらきりが無い。その上、どうしても自分の身の上を中心に、自分の経験からだけで判断してしまう。何より、そんなことを比べても何の意味もない。

なのに考えてしまう。


他に考えることがないのかと、悲しくもなる。


けれど、私は貴女が居ないということを中心にせずには物事を考えられない。

貴女を中心に生活できない今、貴女の不在を中心に据えることでしか、私は生活ができない。

つらい。