愚劣、思い上がり、自己顕示欲

…死にたい、死にたい。

一人になると、最近はその思いだけが頭の中をぐるぐる回る。なにか別のことを考えたり、また何かをやってみたり、気を紛らせようとしても、頭の上で私を見下ろすように旋回しながらぐるぐる、ぐるぐる、その考えは私から離れない。


死ぬわけじゃない。けど死にたい。その欲求は止み難い。死にたいという欲は、目標とするところが違うだけで生きたいという欲と同じような気もする。



今日人と話していて、私は"人に優しくありたい"ということを話した。その人は"貴方は優しい"と言った。けれど、私が欲しい優しさはこんなものじゃない。もっと、もっと、優しくあらねばならない。人を幸せにできるほどの優しさを。その人は"人を幸せにする優しさ? "と問う。"人を優しさで幸せにしたいんです"私は答える。"貴方は幸せですか?"そう聞かれたので、私は"幸せではない"と言う。"まず自分が幸せにならないと人を幸せには出来ませんよ"とたしなめられた。

私が幸せである必要はないんです。これは私のエゴなんです。

そう応えると、その人は首を傾げて"よくわからない"と黙ってしまった。


私が人に優しくしたいと言う気持ちは、悪いことをしたいと思う気持ちと同じなのだと思う。たまたま、私のエゴが世の好悪の好に属することであるというだけで。

こんな形の優しさは、優しさではない。

だから、私はもっともっと本当に優しくならなければいけない。



それと同じような意味で、私の死にたいは、自身の勝手な欲と言う点で生きたいということと同じなのだと思う。


だからなんだというわけでもなく。

生きたけりゃ勝手に生きればいいのと同じで、死にたければ勝手に死ねばいいのだろう。ただ、私は死にたいけれど、死にたくはない。ただ、生きていきたくはない。

これは勇気のなさか、決断力のなさか、それとも本能的なものなのか。

それもどうでもいい。ただ死なずにいるという状態が続いてしまっているという、ただそれだけの話。



働きもしない、賢くもない頭を無理に働かせようとするから訳の分からない、とりとめのない、論理的でもない、単なる文字の羅列のような考えが後から後から湧いてくる。


こんなどうでもよいことを考えて、死にたいという気持ちから目を逸らそうと、気を紛らわせようとしている。



誰にも言えないから、バカな頭で一人誤魔化そうとするしかない。

死にたい、死にたい…と、誰かに聞いて欲しい。だから、こんなところで恥ずかしげも無く、頭の悪さを露呈させている。


ごめんなさい。

これで、少しは気が晴れたような気がするんです。