誰かの幸せを

本当に極端に切り替わる。一人になった途端、死にたいと心がつぶやき始める。


誰かを幸せにしたいけれど、私のような人間なそれをできるわけもなく。せめて少しでも楽しい時間を過ごしてもらうため、話す、聞く、笑う。笑う。バカみたいに笑う。少しだけ大げさに笑い声をあげる。


幸せな人を幸せにする必要はない。

もう幸せだから。

幸せになるだろう人の幸せを祈る必要はない。

きっと幸せになるのだから。

そんな人たちに私は必要ない。


不幸せな人を幸せにしたい。

幸せから遠い人の幸せを祈りたい。

誰もがそれを望み、協力したいと願う人より

誰も望んでくれず、協力してくれない人。

そんな風に考える私は糞のようだ。

そう考えても、誰にでも手を差し伸べるでなく、目に映る、半径5メートルの、私が差し伸べたいと思う相手だけ。

こんな風に考える私は糞だ。


人の幸せを限定的に願う私は、やはり幸せになる資格はもちろん、人を幸せにする資格もありはしない。


そしていま私がその幸せを願っているのは、半径5メートルにいる、誰もが幸せを願う幸せから遠い人。結局、こうしたいという糞みたいな考えすら放棄して、自分勝手に人の幸せを勝手に願う。

相手の許可もとらず、ただひっそりと。


だが、その人を幸せに導くのは俺ではないし、俺であってもならない。そもそも、俺の差し伸べる手は穢れすぎていて、誰もが掴もうとは思わない。だからせめて、ほんの少しでも、楽しい時間を過ごして欲しいと、少しだけ大げさに笑い声をあげる。