またも愚痴、今日も愚痴。

別に凹みもせず、急な人の欠勤もフォローして、出来うる限りの能力で皆を手伝う。


いろんな仕事に手を出しすぎだと言われた。それで自分の仕事が滞ってバカみたいだと自分でも思う。けれど、私はみなの存在に助けられている。仕事の上はもちろんだけど、生きる上で、明日を迎える上で。みなの、一人一人の存在に助けられている。

けれど、私の存在は誰も助けない。私という存在が誰かの役に立つということはない。みなは助けられてます、という。しかしそれは仕事の上での話。それが私でなく誰がやっていても同じこと。私がたまたま、そこにいて、その仕事をしているだけのこと。別の誰かがその仕事に就いていたら、感謝されるのはその誰かだろう。

みなは、代わりのきく存在でなく、私はその存在そのものに助けられる。


だから、せめて。せめて仕事の上では役に立とうと、やらなくてもいいことに手を出して、誰かに少しでも楽になってもらう。楽しくさせることはできないから、楽になったもらう。



いつの日か、こんな私の存在に助けられたと言ってくれる人が現れるだろうか。

私という存在は誰にも必要とされることなく、このまま消えていくだけなんだろう。そんな気がする。

貴女は私の存在を必要としてくれていたろうか。


今日は私の誕生日。貴女が居なくなって、2度目の誕生日。

誰も私に興味のない、そんな世界で、私は何のために次の一年を生きていけばいい。

泣き言、愚痴、情けない。構われたいだけやないか。